アメリカ会社法の学習の驚き

会社法

私は48歳のころ、アメリカのウイスコンシン大学の夏期短期アメリカ法入門セミナーに50日ほど参加したことがあります。憲法、民事訴訟法、独占禁止法、会社法などの初歩を教授が講義してくれました。それら講義で一番衝撃を受けたのは会社法の講義でした。

 なぜ驚いたのか。日本の大学では会社法は主に株式会社を中心に学びます。法人組織としての株式会社がどういうものか、株主はどういう権利を有するか、株主総会や取締役会の運営はどうするか、取締役の選任はどうするかということを学びます。ところが、ウイスコンシン大学の教授の会社法の説明はそういう法人組織としての団体に関する講義から始まりませんでした。2人の個人がいて、ある事業を一緒に展開しようとするときの、2人の約束事のありかた、2人に利害の調整のあり方を非常に詳しく説明することから始めたことです。すなわち、日本では株式会社という法人組織が先ずありそれを巡っての講義となりますが、アメリカでは事業を遂行しようとする個々の人間をクローズアップし、この2人が互いにどの様な約束をし、どのような関係性を持って事業を展開するのか、その展開過程で生じるいろいろな問題にどう2人がどういう関係性をもって対処して人間関係を継続するのかを徹底的に説明するのです。

 そこで、アメリカの講義に使われた教材の初めの部分を私なりに和訳してみました。

第4節ー無限責任パートナシップ(General Partnerships)

Ⅰ 無限責任パートナシップは合衆国におけるビジネスの最も簡単で形式を要求しない事業形態です。無限パートナシップは、事業に参加する人の全員に積極的役割をもたせる場合に、特に活用されています。従って、法人組織である会社には税法上の種々の有利さが認められているため、会社に組織化することが段々増加してはいますが、弁護士とか医者のような専門職の人達の間で、事業の組織形態として伝統的に使われてきました。同時に、その他のまだ評価の決まっていない未開拓な分野に挑むいわゆるベンチャ事業においても利用されています。なぜならば、法律は人々が共同して事業を始めようとするとき無限責任パートナシップ以外の事業形態を想定しておらず、これら事業に参画しようとする人々は、無限責任パートナシップ以外の事業形態を思いつかないからです。思うに、多くの会社はこうした共同事業者から生まれるものです。

Ⅱ 法源ー無限責任パートナシップのルールは、全ての州において採用されている模範法典である「模範パートナシップ法典」(通称「the “UPA”」)に含まれている。(特に断られていない限り、”パートナシップ”という言葉は、無限責任パートナーシップを指して使われている。)

Ⅲ どのようにして無限責任パートナシップが形成されるか

A.the UPA は、パートナシップについて、利益を目的とする事業の2人若しくはそれ以上の共同事業者の結合と定義しています。

B.あるパートナシップを新しく作るために、形式的若しくは書面による協定は何ら必要がなく、どこの役所に届け出ることも必要がありません。ある事業の結合体がthe UPAの定義に合致している限り、その結合体は無限責任パートナシップといえるのです。

C.例ー昔からの友人関係にあるJさんとKさんが、中古自動車を買付け、修理してそれを売却するという一時的な事業をすることを決めました。各人は1,000ドルを拠出することに合意し、将来利益を分配します。そうすると、彼ら自身がどう考えているかともかく、彼らは無限責任パートナシップといえます。

Ⅳ 各事業者はそのパートナシップの全ての債務乃至義務について、個人的に責任を負わなければなりません。

(以上 The Eleventh Annual Summer Program in United  States Law and Legal Institutions  University of Wisconsin-Madison Volume 1  Business Organization and Securities Regulation Professor Kenneth B. Davis の9頁)

 

 ところで、無限責任パートナシップ(General Partnerships)にいう「Partnerships」の和訳は組合ないし合名会社であり、「複数の者が、営利の目的で金銭、労力等を出資して事業を行う契約関係で、我が国の民法上の組合及び合名会社に相当する。構成員から独立した法人格を有しない」と説明されています(田中英生編集代表 英米法辞典 東京大学出版会)。

 日本では合名会社は株式会社と同様に法人格を有します。そして、合名会社の社員は無限責任を負うとされていますので、アメリカ法でいう無限責任パートナシップ(General Partnerships)にほかなりません。しかし、無限責任パートナシップ(General Partnerships)は日本法の合名会社のように法人格を有していないことで、あくまで共同事業者の結びつきと捉えられている点です。

 ここに、アメリカ法の大きな特色、すなわち、個人と個人の結びつきが事業の出発点としている捉えている点です。勿論、アメリカには巨大会社があります。

 しかし、「Corporations may be among the Partners.(和訳 多くの会社はこうした共同事業者から生まれるものです。)」なのです。

 日本経済新聞のコラム欄の春秋に次のような文章がありました(1996/01/08付)。

そこには新しいものをつくりだすことを尊び、未知なるものへの挑戦を価値あるとする社会がある。百六十数年前、新大陸を訪れたトクヴィルは、米国人は事業を興す場合、公権力に頼らず、自分に協力してくれる人々の力を求め、障害を除くために全力をあげる、と書いたが、それは今も変わらない。

 アメリカ会社法の講義が、上述したとおりのGeneral Partnerships(無限責任パートナシップ)の説明から始まる一つの背景が分かる気がしました。

名古屋弁護士 伊神喜弘

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