アメリカ民訴とディスカバリー

アメリカ民訴とディスカバリー 民事訴訟

数年前、アメリカでトヨタのプリウスの欠陥が問題となったことがありました。確かブレーキをかけるとき、それをコントロールするコンピュータソフトに不具合があるというものでした(結果は不具合はなかったことだったようですが。)。このとき、アメリカで直ぐに欠陥を理由とする損害賠償の裁判が起こされました。

 私たちは日本で暮らしていますが、この日本では、自動車の欠陥報道がされた→ただちにユーザーから損害賠償の裁判が提訴されるということは考えられません。どうしてかというと、そんなに早く、また簡単に、欠陥の証拠が収集することができないからです。欠陥訴訟を提訴してそれを裏付ける証拠が必要だし、欠陥だと証言してくれる証人や鑑定人も必要となるからです。これらを確保する目途がたたないかぎり損害賠償の裁判なんて起こせないからです。

 では、アメリカではなぜ直ぐに損害賠償の裁判が起こせるのでしょうか。

 それは、アメリカの民事訴訟法がディスカバリーという制度を持っているからだと思います。以下は、メアリ・K・ケイン著 石田裕敏訳 「アメリカ民事訴訟手続」〔第4版〕(木鐸社刊)により、私が理解したところによります。

 アメリカで裁判を起こすと、被告は14日以内にイニシアル・ディスクロージャーをしなければなりません。①証人候補者の名前、②手持ち書類等、③損害賠償額の明細と根拠資料、④保険契約を開示しなければなりません。

 次に、専門家による証言の内容(意見書を含む)を開示しなければならないのです。

 そして、被告は保管する文書等を廃棄又は改ざんしてはならず、その旨、被告関係者(従業員等)に文書(Litigation hold notice・訴訟関連文書保存通知というそうです。)で通知します。

 このような制度ですから、原告となるユーザーは被告企業の持っている証拠を整理、分析すれば、欠陥とそれに基づく損害額が主張、立証できます。先にあげたトヨタのプリウスのブレーキでいうと、トヨタが持っているブレーキに関する全ての資料、トヨタが依頼した専門家の意見書がディスカバリーの手続で迅速に入手できるのです。だから、原告は被告の証拠で裁判を遂行できます。ディスカバリーという制度があるので、アメリカでは直ぐに裁判を提訴するのです。

 一方、日本の民事訴訟法では、原告が被告の証拠の提出させることは簡単ではありません。その理由を説明します。

 日本では証拠は原告自身が自ら用意するという発想が基本となっています。確かに日本でも、被告から提出させる仕組みもあります。文書提出命令の申立といいます。しかし、被告の有する文書について提出命令が認められる文書は、原告と特別の関係のある文書が原則です。原告に有利な証拠を被告から提出させることは極めて困難です。十数年前に民事訴訟法の改正がされ、取調の必要性が認められる文書については、被告は提出しなければならないようになりました。アメリカの民事訴訟法のディスカバリーの制度に一歩近づいたかに思えます。しかし、実際には、改正後も大きな例外が定められました。それは、「専ら所持者の利用に供するための文書」については被告は提出しなくてもよいという条項です(民事訴訟法220条4号ニ)。ディスカバリーはこのような例外を認めていません。例外が認められているのは、弁護士と依頼者間のコミューニケイションである文書や電子メールなどだけです(attorney-client privileといいます。)。先にあげたトヨタのプリウスのブレーキでいうと、ディスカバリーでは開示される、トヨタが持っているブレーキに関する全ての資料、トヨタが依頼した専門家の意見書は、日本では「専ら所持者の利用に供するための文書」として、原告は被告に提出を求めることができません。  したがって、日本では、ユーザーである原告が自分の力でプリウスのブレーキに欠陥がある証拠を収集してからしか裁判は提訴できません。しかし、ユーザーがプリウスのブレーキの欠陥があるとの証拠を収集することは不可能でしょう。ここにアメリカの民事訴訟法と日本の民事訴訟法の大きな違いがあります。

名古屋弁護士 伊神喜弘

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