今昔物語巻第五の「一角仙人、女人を負うて山より王城に来たる語」という話があります(今昔物語集8 池上洵一 訳注 東洋文庫刊 269頁)。本当のところは、訳文をそのまま転載するのがいいですが、著作権法の定め(30条1項1号に該当)に違反する可能性がありますので、要旨をお話します。
昔、千年という長い間修行し、空を飛んだり、鳥獣を意のままに従えるという神通力を取得した仙人がいました。ところが、山を徒歩で歩いているさい、雨が降ってぬかるんでいたため不覚にも自分で山道で転んでしまいました。雨を降らせたのは竜王の仕業だと思い込み、水瓶に押し込めてしまいました。そのため12年間も雨が降らなくなり、国中の人がが困りました。
そこで、その国の王様が智恵にある家来の「いくら修行を積んだ仙人だからといって、女色を好まず、女の声に心を引かれない者はないはずだ。」「女色にふければ神通力はなくなるはずだ。」との進言を採用しました。
王様は、美しい女人500人を仙人が修行している奥山に、都から差し向けました。女人らは仙人が修行しているあたりに着くと、分散してあちこちに分かれ、美しい歌を歌い踊りました。
仙人は奥深い岩屋の傍に、苔の衣を着て修行していました。「身体には肉というものがなく、痩せさらばえて骨と皮ばかり、魂は一体どこに隠れているのだろうかと思われる。額には角が一本生えており、何とも恐ろしげである。それがまるで実体のない影だけのような有様で、杖にすがり、水瓶を持ち。相好を崩して笑いながら,よろよろ出てきた。」(ここはそのまま引用) 女人を見て、「天人が天下って来られたのか、それとも魔物が来たのか、はて、合点がいかぬ。」といい、目は輝き、心は動き、魂は迷う有様で、「ちょっとその肌に触れさせて貰いたい。」とばつが悪そうに迫ってきました。女人は、角が生えて気持ちが悪かったが、王様の策略に従い、肌に触れることを許しました(あとの499人の女人がどうなったかは書いてありません)。
仙人はたちまち堕落し、神通力を失い、竜王は閉じ込められた水瓶を蹴破ることができました。そのおかげで、12年ぶりに雨が降り出し、その国の干魃がやっと解消されたとのことです。女人は仙人と共に数日間、送りました。
女人は役目を果たしたので、都に戻りたいと仙人に申し出ました。そして、「山道を歩き慣れないところに、こんな険しい岩の道を歩いたものですから、足もすっかり腫れてしまいました。それに、帰る道もわかりませんし。」というので、仙人が道案内することになりました。
途中で、ものすごい崖道となり、行く手は川が大きな滝となって流れていました。女人は「ここはとても渡れそうにももありません。どうか、私を背負って渡して下さい。」と頼みました。仙人は、「無理もないこと。では私の背に負わされて下され。」と女を背おりました。老人の脛はつまめば折れそうな細さ、これではかえって谷底に落ちはしないかと恐ろしかったが、とにかく負うことができました。そして、とうとう都まで背負っていきました。
都では、貴い聖人が女人を背負って都に帰って来るという評判が既に立っており、沢山の人々が見物していました。その中を、額に角が一本生えた者が、頭に雪を戴いたよう、脛は針のように細く、錫杖を女人のお尻にあて、女人がずり下がってくれば揺すりあげながら、国王の宮殿まで届けました。
仙人はすでに神通力を失っていたので、自分の足で山奥まで帰って行ったそうです。
この話は、インドの話ですが、今から2500年以上も前の出来事だったようです。それが、1600年言い伝えられ、900年前の日本の平安時代に編集された今昔物語に所収されています。
名古屋弁護士 伊神喜弘
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