精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下、「精神保健福祉法」といいます。)第33条は医療保護入院について定めています。要点は、指定医による診察の結果、精神障害者であり、かつ、医療の保護のために入院の必要がある者であり、その者が自分の意思で入院することができない状態であるとき、家族の同意で本人の意思に反しても入院させることができるというものです。
医療保護入院とネイミングされているので、県知事による措置入院や、医療観察法による裁判所の命令による入院と違って、強制入院でないと思っている人もいるかも知れませんが、れっきとした強制入院です。
精神障害としては、統合失調症、気分障害(躁状態ないし鬱状態を特徴とする疾病)が代表的ですが、妄想性障害もあります。最近では認知症も精神科に関する疾病とされています。診断がつくと認知症に罹っている人も精神障害者となるというわけです。
この医療保護入院制度が濫用されて来ました。
第1に、医療保護入院について、その者が自分の意思で普通の病院に入院するように入院するかどうか決めて入院すること(任意入院といいます。)ができない状態であるときに初めて医療保護入院という強制入院させることができるという要件が必要であるはずなのに事実上無視されたきたことです。
第2に、家族の同意が悪用されるケースがあることです
第3に、医療保護入院させられて、不本意に思った患者が、入院の経過や理由の開示がされないことです
第4に、最近多くなっているのが認知症に罹った者が精神科病院に入院させられることです。
第5に、医療保護入院で入院させられて、そのまま退院できず長期化している数が極めて多くなっていることです。
第1について説明します。病気に罹り病院に入院するときは、その患者の任意に意思によるのがほとんどです。精神保健福祉法も、任意入院について定めています(同法20条、21条)。そして、医療保護入院させようとするさいには必ず、その患者の意思による入院が行えるか否か検討する建て付けになっています。しかし、精神科医療の現場ではこの検討がどれだけしっかりと為されているか大きな疑問があります。
第2及び第3は、密接に関係していますので、併せて説明します。
これまでの運用では、患者は自分が医療保護入院という強制入院させられた経過や理由の開示をうけることは困難でした。医師法の23条は「医師は、診療したときは、本人又はその保護者に対し、療養の方法その他保健の向上に必要な事項を指導しなければならない。」と定めています。しかし、この条項は、患者本人に対する説明義務を直接には定めていません。医療保護入院をしても、診察した医師は医療保護入院をさせられた当の患者には、説明しなくても医師法23条違反となりません。医療保護入院では、保護者が患者の入院に同意すれば入院させられます。保護者に説明すれば違法となりませんので、患者本人にはなぜ入院させられたかその診断名や入院の必要性や経過の説明もされなくても、違法となりません。
病院は、医療保護入院をさせたときには、県知事に対して入院届けやその後定期に病状の報告書を提出する仕組みになっていますが、仮に、患者がこれらの情報の開示を県知事や病院に求めても、多くはマスキングされており、知りたい情報は知ることができません。
その実例の一つを紹介すると、別添1のとおりです。これはある人の医療保護入院の入院届の開示を求めて、開示されたものです。ほとんどの情報がマスキングされています。病名、生活歴及び現病歴、現在の精神症状、その他の重要な症状、問題行動、現在の状態像、医療保護入院の必要性、精神保健指定医、同意した家族、つまり全ての情報が秘匿されています。
※別表1
こういう状態が何十年とまかり通ってきました。医療保護入院の経過や理由を入院させられた者が知ることが極めて困難なこともあり、家族が同意を濫用して、精神科病院と入院契約をして、医療保護入院=強制入院させる事例が少なくありませんでした。
さすがに、政府もこういう状態は患者の人権保護の観点から問題があるとし、2023年(令和5)4月から、患者が家族等から虐待・DV等を受けていることが疑われ、且つその他家族等が確認できない場合には、市町村長の同意によって、始めた医療保護入院できると法令を改正しました(精神保健福祉法施行規則 令和5年2月28日改正)。
また、患者に直接、医療保護入院させた理由を書面で告知することとなりました(令和5年3月2日障精初0302第1号厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課長「「精神科病院に入院する時の告知等に係る書面及び入退院届出等について」の一部改正について」)。その書式は「医療保護入院に際してのお知らせ」で、別添2のとおりです。この1枚目に「入院理由について」の1に①~⑨に、診察の結果が✔項目にて知らされることになっています。
別表2
第4の認知症に罹った者が精神科病院に入院させられることは、確かに、認知症も精神障害といえばそうですが、認知症患者を精神科病院に医療保護入院させるのは、認知症患者に対する対応としては誤っていると思います(老人になれば認知症にかかる例も多く、その場合、老人保健施設で世話するのが普通と思います。)。この点の問題点は今回は取り上げません。
第5に、医療保護入院が長期化していることです。厚生労働省「患者調査」によれば、2017年(平成29)において、精神科病床における在院期間はは総数27.8万人のうち、1年未満が10.6万人(38.1%)、1年以上5年未満が8万人(28.7%)、5年以上が9.1万人(32.7%)ということです(このデータは、措置入院も入っていますが、ほとんどは医療保護入院と思われます。)。
名古屋弁護士 伊神喜弘
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