成年後見制度、特に補助制度の問題

民法

民法は、成年後見制度として、成年後見と保佐と補助の3つを用意しています。成年後見は「精神の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」、保佐は「精神の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者」、補助は「精神の障害により事理を弁識する能力が不十分である者」について、本人、配偶者、四親等以内の親族等の請求によって家庭裁判所が審判で決め、後見人、保佐人、補助人を選ぶ制度です。

 これら制度は、物事の判断能力を欠いたり不十分になった者を保護するために、本人の財産を保全し、成年後見については病気の治療や介護をすることが目的とされています。しかし、これら制度について、国連は、昨年(2022/09/09)、成年後見制度における後見人が代行意思決定できる規定を廃止し障害のある人が法的能力を権利として行使できるように、支援付意思決定によるメカニズムを確立するよう、日本政府に勧告したとのことです。

 確かに、現行の後見制度は、成年後見、保佐、補助のいずれも、後見人、保佐人、補助人が、後見、保佐、補助をうける者に代わって(=本人に代行して)法律行為ができるという制度設計となっています。これを国連は「後見人が代行意思決定」できる制度と指摘しているのです。この代行意思決定の制度が、障害者の人権を侵害しているおそれがあるというのです。なぜならば、物を買ったり売ったり、お金を借りたりするという行為は人間として基本的な権利=人権であるはずなのに、後見、保佐、補助をうける者本人にはこのような行為をさせず、後見人、保佐人、補助人が本人に代わって制度となっているからです。

 そして、後見、保佐、補助の中で、国連が指摘する日本の代行意思決定制度の人権侵害のおそれがはっきりと確認できるのは、補助制度です。そこで、この点を説明します。

 民法は後見については、本人の財産の管理権を付与しており(民法850条)、本人のした法律行為(売買など)を取り消すことができると規定しています(民法9条)。保佐については、本人がお金を借りたり、不動産を売ろうとするときには保佐人の同意が必要としています(民法13条)。

 一方、補助については、このような後見や保佐に関する規定はありません。ただ、家庭裁判所が補助人の同意を得なければならないと決めた特定の行為については、同意を得なければならないとされているだけです(民法17条)。

 しかし、実際には大きな抜け穴があります。それは、家庭裁判所が補助人に対して、補助を受ける者の法律行為(=売ったり買ったり、或いはお金を借りたり、課貸したりすること)について代理権を付与する審判ができると、民法876条の7が定めていることです。現行制度で運用されている、代理行為目録は別紙「代理行為目録」のとおりです。これによると、補助であっても、本人の財産管理について、不動産、預貯金、保険、相続等ほとんど全てにわたって代理権が行使できることがわかります。これは、補助制度が代行意思決定制度であることを示しております。そして補助制度の人権侵害的側面もはっきりして浮き出させています。

 確かに、民法859条の3は成年後見人について「その居住の用に供する建物又はその敷地について売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分」については家庭裁判所の許可を必要とすると定め、この規定は補助人に準用されています(民法876条の10第1項)。しかし、逆にいうとこれ以外の行為については補助人が補助を受ける者に代わって広く意思決定(=代行意思決定)できることを示すものといえます。「精神の障害により事理を弁識する能力が不十分である者」に過ぎない補助対象者であっても、ほとんどの法律行為(売り買い、貸し借り等の行為を指します。)が漏れなく、補助人によって代行意思決定の名のもとに剥奪されるからです。

 民法は補助人の代理権付与については、本人の同意が必要としていますが(民法876条の7、民法876条2項)、この定めが代行意思決定の人権侵害的側面を十分にコントロールできているとも思われません。というのは、補助人に一旦、代理権が付与されたら、補助を受ける者が、自分で売ったり買ったり、お金を借りたりすることがほとんどできなくなることが一体どういうことを意味しているものなのか、補助を受ける本人がしっかりと理解しているとは思えないからです。

 民法は、本人が代理権付与の取消を請求したときには、家庭裁判所は、付与している代理権の全部又は一部を取り消すことができるとしていますが(民法876条の9第2項)、取消決定を必要的としていない点で、代行意思決定制度の趣旨が維持されています。ここにも、補助制度の人権侵害的側面が表出しています。

 一方、国連のいう支援付意思決定制度は、現行制度の代理権付与決定のような代行意思決定制度ではなく、補助をうける者が自ら正しい意思決定に基づいて、物を買ったり売ったり、お金を借りたり或いは貸したりできるように、補助人が支援する法的枠組みを制度化するものです。このような枠組みを一体どのように具体化するかは、実践的には容易ではないかも知れません(補助を利用するケースは周囲が本人の浪費などで困っている場合がある。)。しかし、現行の代理権付与というような代行意思決定制度が人権侵害的側面を有しており、国連の勧告がいうようその改善が必要であることは忘れてはならないと思います。

名古屋弁護士 伊神喜弘

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