預貯金と遺産分割

民法

預貯金と遺産分割

 今回のブログは、預貯金をめぐる遺産分割に関する判例や民法改正により、相続人間の遺産分割の不合理や不公平がだんだん是正されてきたこと、しかしまだ解決されていない課題が残っていることを説明します。

(最高裁大法廷平成28年12月19日判決により是正された不合理)

 この判例は共同相続された預貯金が遺産分割の対象となるとの有名な大法廷判決です。

 従前、判例は相続財産中に金銭債権その他「可分債権」がある場合には、その債権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割され、各相続人に相続分に応じて帰属する立場(分割債権説)に立っておりました(民法427条参照)。

 たとえば、母親が4000万円の預貯金を有して死亡します。父親はすでに死亡しており、母親死亡時相続人は子供2人,A、Bとします。分割債権説は、母親が死亡した時点で、4000万円の預貯金は当然に、AとBにそれぞれ1/2、各2000万円に分割し当然に承継されるという考えです。

 ところで、親が死亡して相続するとき、子供が生前に親からお金や土地などの贈与を受けていたときには、遺産分割の際には、これら生前の贈与は遺産に持ち戻すことになっています〔民法903条(特別受益者の相続分)〕。Aが2000万円の生前贈与を受けていたときは(法的には特別受益といいます。)、分割すべき分割対象財産は4000万円(死亡時の遺産)+2000万円(生前贈与)=6000万円となり、これを法定相続分各1/2を乗じた、3000万円が具体的な相続額となります。そして、Aはすでに生前2000万円の贈与を受けていますので、母親死亡時に伴う相続時には遺産の預貯金から1000万円を取得し、Bは3000万円取得することになります。

 ところが、分割債権説によれば、4000万円の預貯金はAとBに各2000万円母親死亡と同時に当然に分割承継されてしまいますので、Bの具体的相続分が上記の通り3000万円と計算されても、母死亡に伴って当然承継した2000万円しか取得できません。一方Aは、生前贈与の2000万円+当然承継2000万円=4000万円を取得する結果となります。

 現に遺産として預貯金が存在しているのに、預貯金債権が可分債権であることを理由に遺産分割の対象とならない結果、特別受益(生前贈与)を考慮に入れた具体的相続分に応じた共同相続人間の実質的衡平が実現できないという不合理があるのです。

  最高裁大法廷平成28年12月19日判決は、共同相続された預貯金は当然分割承継されずに全部が遺産分割の対象となるとの判例です。

  この判例によると、Aは遺産である4000万円の預貯金から3000万円取得可能となります。Bは母親の生前に既に2000万円もらっていますので、残りの1000万円を遺産である4000万円の預貯金から取得します。

(被相続人の死亡後分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲)

 令和3年の民法改正で以下の条項が定められました。

第906条の2 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分をされた財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。

②前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。

※法令は「財産の処分」とし預貯金に限っていませんが、預貯金で話を進めます

 大法廷判決により、預貯金では全体として遺産分割の対象とすべきということになりましたが、相続開始後、遺産分割までの期間で、相続人の1人または数人が相続財産を処分した場合どうするのかという問題が残りました。というのは、相続人の1人又は数人が被相続人の預貯金を勝手に払い出したとしても、遺産分割の実務では、払出後の預貯金にて、遺産分割を行うのが実務で行われていたからです。このことは。共同相続人間の平等を害することも多々あり、問題とされていました

 前述した母親が4000万円の預貯金を残して死亡した事例で説明します。仮に、Aが勝手に2000万円払出したとき、遺産分割の対象となるのは残り2000万円の残額となります。すると、2000万円の法定相続分は各1/2の1000万円ですので、遺産分割の手続では各1000万円取得することになります。結果、Aは勝手に解約した2000万円+1000万円=3000万円取得し、Bは1000万円のみです。

 そこで、前記改正民法第906条の2が定められたわけですが重要なのは第2項です。第1項は当然のことで従前の遺産分割の実務ですでに広く行われていました。

 第2項は、相続人の1人、または数人が勝手に預貯金の払出をしたとき、これら払出をした相続人が同意しなくても、払出に係る預貯金額を遺産分割に含めることができる旨定めたものです。これによれば、Aが勝手に払い出した2000万円も含めた4000万円が遺産分割の対象となります。すると、その1/2は2000万円であり、残っている預貯金は全額Aが取得できます。

解決されていないこと

 母である被相続人が死亡した。相続人はAとBである。死亡時点の相続財産は預金が1000万円あった。しかしAが母親の生前預金通帳乃至キャッシュカードを管理しており、キャッシュカード乃至通帳から3000万円の払出をし、自分の住宅ローンに使ってしまった、という事例です。

 Bが家庭裁判所に遺産分割の調停を申立てたが、Aは3000万円払出後の残1000万円を遺産分割の対象財産と主張して譲らい。そこで、家庭裁判所は、AとBに各法定相続分の1/2の500万円とする旨の審判をした。

 すると、Aの取り分は勝手に払い出した3000万円+500万円=3500万円、Bの取り分は僅か500万円となります。

 これは、最も大きな不合理ですが、この不合理を是正するためには、家庭裁判所における遺産分割手続ではなく、別途地方裁判所にAが勝手に引きだした3000万円についてその1/2の1500万円の不法行為乃至不当利得返還請求訴訟を提起しなけれればなりません。

 被相続人の生前に推定相続人がその預貯金を勝手に払い出し、自分のために使ってしまうというのは論外ですが、親が認知症になり子どもがその預貯金を管理する実態が広く見られますので、この問題は案外深刻な話です。ここでは話は分かりやすくするため事例を極端化、典型化していますが、私たち弁護士が取り扱う遺産分割のトラブルではよく見られるもので(私はやっていない、母親が自分で払い出したという単純な否認から、親が承知していた、包括的に任されていたなどという多種多様な抗弁が出てきます)、解決が厄介なものです。

名古屋弁護士 伊神喜弘

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