最近ネットにおける誹謗中傷が社会問題となっています。そこで、誹謗中傷の中心である名誉棄損について、基本に立ち戻って整理します。
-名誉棄損-
名誉棄損とは人の社会的評価又は価値を落とす行為を指します。但し、不特定多数の人に対する言動でなければなりません。特定の知人同士での話は仮に誹謗中傷であっても名誉棄損の余地はありません。ネットは、当然に不特定多数の要件を充足します。
名誉棄損は民事上も刑事上も違法とされております。
民事の場合は民法709条に定める不法行為に該当し、被害者に損害賠償をしなければなりません。損害賠償のほか、被害者は名誉を回復するために謝罪等名誉を回復するに適当な措置を求めることができます(謝罪は憲法19条に定める思想及び良心の自由との関連がありますが、民法723条は裁判所が加害者に命じるとしています)。
刑事については刑法230条が3年以下の懲役もしくは禁固、50万円以下の罰金を定めています。
-名誉棄損と真実性の関係-
人の名誉を棄損するさい、虚偽の事実を述べたとき違法となることは分かりやすいですが、事実が真実であるときにも名誉棄損となるのかがまず論点となります。事実が真実であっても名誉棄損になるというのは一見奇異な気がしますが、思い直して見ると、誹謗中傷が真実であれば言われた被害者は、誹謗中傷が虚偽である場合よりはるかに、その人の社会的評価又は価値を落とすことになることが理解できるはずです。
この点、刑法230条2項は、死者の名誉棄損については虚偽の事実であることを必要としています。死者については、真実であれば仮に名誉棄損あっても違法とはならないのです。
(名誉棄損が違法とならない2つの要件、公共の利害性と目的の公益性)
この点は、刑法230条の2が定めています。名誉棄損の違法性が阻却される=違法でなくなるのはどういう場合かということです。民法には明文で規定はされていませんが、刑法230条の2に準じて考えられています。
刑法230条の2第1項は「①公共の利害に関する事実に係り、かつ②その目的が専ら公益をはことにあったと認める場合」という2つの要件が充足されたときには、名誉棄損したという事実が真実であれば、名誉棄損罪で罰しないとしています。
「公共の事実に関する事実」とは、分かりやすくいうと私事ではないことです。たとえば、ある人が不倫したというのは公共の利害に関する事実ではないということです。
では万引きしたという犯罪行為をしたと言ったらそれは公共の利害に関する事実でしょうか。犯罪の場合は、やはり公共の利害に関する事実と思われます。でも、刑事裁判で有罪判決を受けた場合は犯罪と言えますが、そうでないときは、仮に裁判にかかっていたとしても無罪の推定の原則もあり、安易に公共の利害に関す事実とは言えなくなるのではないか。この点、刑法230条の2第3項は「公訴が提起されるに至っていない人の犯罪に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。」と定めていますので、犯罪行為に関しては広く公共の利害に関する事実となるようです。
では、ある人が万引きしたと言い触らしたばあい、名誉棄損は成立しなくなるのでしょうか。そうではありません。公共の利害に関する事実というだけでは、名誉棄損の違法性は阻却されません。ここが、重要なところです。「目的が、専ら、公益を図ることにあった」というもう1つの要件が必要です(目的の公益性)。一般人が犯罪したとしても、その事実を言いふらすとき、「その目的が専ら公益をはかることにあった」とは証明しにくいはずです。
-タレントの不倫報道-
タレントが不倫したという報道が良くされていますが、私は仮に真実であったとしても、公共の利害という要件も目的の公益という2つの違法阻却の要件とも充足していないと思います。
-政治家の不倫報道-
政治家が不倫しているという報道も見かけますが、男女関係は私事であり、仮に真実であっても、名誉棄損になるというのは少し解せない感じがします。
しかし、刑法230条の2第3項は「公務員又は公選による公務員候補者に関する事実に係る場合は、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。」と定めていますので、公務員の場合には真実性の証明があれば広く、名誉棄損が成立しなくなります。
-ネット上の誹謗中傷行為-
ネットで一般の人がやり取りし、その中で誹謗中傷するのは、真実性の有無のかかわらず、広く名誉棄損になると思います。
名古屋弁護士 伊神喜弘
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