精神疾患と刑事事件

刑事弁護

今回は、精神疾患に罹患している者が刑事事件を犯したときの法律関係を取り上げます。

 精神疾患で代表的なものは、統合失調症です。

精神疾患が原因で事件が起きたとき処罰されるかされないか

 刑法39条1項は「心神喪失者の行為は罰しない。」、2項は「心神耗弱者の行為は、その刑を減刑する。」と規定しています。心神喪失とは物事にいい悪いを区別(弁識能力)できないこと、仮に区別はできてもいいこと悪いことという判断に従って行動(制御能力)できない状態をいいます。心神耗弱とは、このような能力が著しく落ちている状態です(大判昭6・12・3刑集10・682)。

心神喪失の場合は仮に事件を犯していたとしても処罰されません(そもそも裁判にならないか、裁判になったとしても無罪となる)。心神耗弱の場合は処罰が軽くなります(裁判にならないか、裁判になったなったとしても刑が軽くなる)。

 但し、注意すべきことは、統合失調症に罹患して刑事事件を犯したとき、統合失調症と診断されただけで、心神喪失とか心神耗弱となるわけではないことです。処罰されるか否かは、事件を起こした当時の病状、事件前の生活状態、事件を引き起こした動機、態様を総合して判断されることです(最決昭59・7・3刑集38・8・2783)。これは精神疾患に罹患したとしても自由意思があるとし、患者の自由意思を尊重する思想が背景にあります。以前は、統合失調症という診断がされたケースでは、その病気の不可知性を重視して、それだけで、心神喪失乃至心神耗弱を認める裁判例がありました。

刑事事件として処罰されないときはどうなるのか

 無罪放免となるわけではありません。いまでも、精神疾患で無罪となると無罪放免だと思っている人がいますが誤解です。

 医療観察法という法律と精神保健福祉法という法律があります。

 精神保健福祉法は昔からありました〔現行法は1950年(昭和25年)制定となっています。)。

 医療観察法は比較的最近に制定された法律であって〔2003年(平成15年)立法〕、放火、強制わいせつ、不同意性交、殺人、傷害、強盗などの罪を犯した者が、刑事手続きにおいて釈放されたときであっても、裁判所が強制的に精神科病院に入院乃至通院を命ずることができるとしています。この法律の建前はあくまで、①適切な医療の確保、②社会復帰の促進を目的とし、入院のガイドラインは入院期間を原則として1年半としていますが、実際の運用でははるかに入院が長期化している事例も多数あります(私が体験した事例では、刑事事件で公務員を負傷させ、懲役2年執行猶予4年の判決をされ、一旦釈放されたものの、医療観察法の入院が6年に及んだ事例があります。)。

  医療観察法の対象とならない場合であっても、精神保健福祉法により、強制入院(措置入院乃至医療保護入院)となる場合も多いです。

 ただ、医療観察法による入院や通院では、精神保健福祉法による入院に比べてはるかに手厚い医療サービスが受けられる側面もあります。

精神疾患による事件が裁判になってしまったときどうなるのか

 精神疾患によって刑事事件を起こした者が、裁判になったときに発生する問題を取り上げます。

 裁判を遂行する力がない場合(後述する訴訟能力の問題)や精神科治療がなされない場合のケースについて以下に紹介しますが、これらに問題がなく、訴訟能力が認められ、治療もされているならば、事件を起こしたとき、心神喪失であったか心神耗弱であったかが争点となり、無罪となったり、減刑されたり、執行猶予の判決がされ、無罪や執行猶予の判決の場合には、医療観察法による入院乃至通院の手続に入ることになると思われます。

 これらに問題があるときは大きな問題となってきます。

 以下私が担当した事件に即してお話します。

 ずいぶん前の事件です。

 A(当時50歳)が極めて重大な人身事件を犯しました。病歴としては成人目前に精神科病院に入院したありました、事件当時は日雇いで不安定な生活をしておりました。逮捕されてからなされた検察庁の精神鑑定によると、統合失調症の再発に至る初期段階で、鑑定時に幻覚・幻聴に苦しめられており、犯行時は心神耗弱状態であったということでした。事件を起こした当時は再発初期状態における「ただならぬことが起こりつつあるという戦慄感」を伴う「トレマの段階」にあったといいます。

 Aは起こした刑事事件で起訴されました。私はAの国選弁護人に選任されました。

 その当時、医療観察法は立法化されておらず、精神疾患患者に対応する法律としては精神保健福祉法がありました。したがって、医療観察法の立法後であったならば、あるいは、裁判にはならず、医療観察法により入院がとられたケースかもしれません。

 Aは、私との面会時に「金属音がする。これを取り外してほしい。」「キーンと音がする。これは電波だと思う。」等と訴えてきました。裁判のこと事件のことについては全く意思疎通ができませんでした。

 裁判を続けるには訴訟能力が認められなけらばならない

 刑事訴訟法314条1項本文は「被告人が心神喪失状態に在る時は、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、その状態が続いている間公判手続を停止しなけらばならない。」と規定しています。ここでいう「心神喪失状態」とは、先に引用した刑法39条1項に定める「心神喪失者の行為は罰しない。」にいう「心神喪失」とは同じ概念ではありません。もちろん、「心神喪失者」であれば、「心神喪失状態」といえるようにも思いますが、一方は事件を起こした時点のこと、一方刑事訴訟法にいう「心神喪失状態」を判断する対象事象は裁判を受けている被告人の状態をいうので、似てはいますが違った概念です。

  この能力のことを訴訟能力といい、「一定の訴訟行為をなすに当たり、その行為の意義を理解し、自己の権利を守る能力」(最決昭29・7・30刑集8・7・1231)といわれています。弁護人の立場からいうと、被告人が最低限、弁護人と意思疎通ができなけれなりません。

  そこで、私は、公判手続停止の申立てをし、裁判所も公判手続の停止決定を医しました。

 【精神科治療の必要性】

 逮捕後になされた精神鑑定は、鑑定時に幻覚・幻聴に苦しめられていると明言していました。そうであるのに、検察官はAさんを起訴したにもかかわらず精神科治療を指示せず、Aさんを拘束している施設(拘置支所)も治療措置を取ろうとしませんでした。

 やむなく、私は弁護人の立場で原告となり、国を被告として、「拘置支所長がAの精神疾患が疑われる症状に対して病院移送その他の治療を施していないことが違法であることを確認する。」との訴えを提起しました。その第1回裁判期日にて、国の代理人であるYは法廷で「弁護人の訴えは理由がある。」「国としてAに医療措置をとる。」と明言しました。

 この時のYの姿を今でも覚えています。

 こうして、Aは起訴されてから6ヶ月後、逮捕されてから1年経ってやっと精神科治療を受けることができるようになりました。手遅れだった感じがします。

その後の経過

 その後、ほぼ、20年間、Aは公判停止状態で、治療を受けましたが、回復せず、裁判所は検察官の起訴自体を棄却しました。詳しく知りたい方は、「訴訟能力研究会編 訴訟能力を争う刑事弁護 株式会社現代人文社 2016/09/15刊」所収「ある精神障害者の弁護活動」、名古屋地岡崎支判平26・3・20判例時報2222・130、名古屋高裁平27・11・16判例時報2303・131を参照してください。

名古屋弁護士 伊神喜弘

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