今回はプライバシーとその侵害について考察します。
プライバシー権とは何か
プライバシー権は、アメリカの判例・学説の影響の下に、「ひとりで居させてもらいたい権利」としてとらえられ、「私生活をみだりに公開されないという法的保障」として把握され、そこでいう「私的生活」とは、具体的には自己の生活空間、自己のアイデンティティ(氏名、肖像、語った言葉や年齢、経験、習慣、態度など)、親密行動(非公然の性行動、他人との秘密共有)などを意味するといわれています(松本昌悦著 「プライバシーと表現の自由」 憲法判例百選Ⅰ[第4版]、同旨 加藤雅信著新民法体系Ⅴ 事務管理・不当利得。不法行為 242頁)。換言すると、自己情報のコントロールをどのように保護するのかともいえます。
行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律や各地方自治体等の個人保護条例が制定されており、これらは、主に行政機関や自治体が保有する個人情報、正確にいうと、「個人に含まれる氏名、生年月日その他記述等により個人を識別できる情報」の保護と開示のルールを詳しく定めたものです。「要配慮個人情報」として,「人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪によって害を被った事実その他不当な差別、偏見その他不利益が生じないように特別に配慮を要する情報」を定め、特別の配慮を求めています。プライバシー権の保護と一部重なりますが、ここでは取り上げません
プライバシー侵害の態様
プライバシー侵害の態様について述べます。まず、肖像、氏名、住所、電話番号等個人を特定できる事項に関するプライバシー侵害です。
判例では、警察官がデモの参加者を撮影したことを肖像権の侵害として違法との主張に対して、「何人も、その承諾なしに、みだりにその容貌、姿態を撮影されない自由を有する」としつつも、そのデモは公安条例に違反するデモであったことから、犯罪捜査の必要性の観点から適法としたものがあります(最高裁昭和44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁)。
この判例からも、通常の生活過程で他人の肖像をその人の承諾なく撮影することはプライバシー侵害として違法ということになります。
氏名、住所、電話番号についても、その人の承諾なく、例えばインターネット上にアップすることはやはり、プライバシー侵害となります。そして、個人的に特定の個人に正当な理由もなく、ある人の氏名、住所、電話番号を知らせることもやはりプライバシー侵害となります。
私生活上の事実を語ることはプライバシー侵害となるか
では、ある人の私生活上の事実をいわば物語って第3者に伝えることは全て、プライバシー侵害となるのでしょうか。
判例の考え方は、私生活上の事実を第3者に知らせること全てをプライバシー侵害とはしていないようです。一般人の感受性を基準にして当該私人の立場にたった場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること、換言すれば一般人の感受性を基準にして公開されることによって心理的な負担、不安を覚えることがらであることを必要としています(後記の「宴のあと」事件の判決である東京地裁昭和39年9月28日判決 判例時報385号12頁参照)。
冒頭で、プライバシー権とは「私生活をみだりに公開されないという法的保障」として把握されていると説明しましたが、「心理的な負担、不安を覚える」という、縛りがあるようです。
プライバシー侵害か否かで実際に問題となるのは、私生活上の話を虚実が交えた話として喧伝する場合です。
「宴のあと」事件 東京地裁昭和39年9月28日判決 判例時報385号12頁の事例を紹介します。
プライバシー侵害として原告となったのは、元外務大臣Aで昭和34年東京都知事選挙に革新政党から推薦されて立候補したが落選した人です。その妻で料亭Bの経営者であるCは、夫の選挙に尽力したが、選挙ののち離婚することとなりました。被告として訴えられたのは著名な小説家である三島由紀夫です。三島由紀夫はこの事件からアイディアを得て、政治と恋愛の関係をからめ、主人公の愛とその破綻を主題とする小説「宴のあと」を中央公論誌上に連載しました。
三島由紀夫は原告のAをモデルとしたことを読者に意識させながら、虚実を交えて(というより、実際にはほとんどがフィクションでしょう。)、私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある叙述をしました。例えば、2人の最初の接吻、同衾、結婚後の夫婦の愛情と確執、主人公の妻への足蹴りなど想像を巡らした具体的な叙述です。
虚偽事実の叙述は、プライバシー侵害となるのか、案外難しい問題です。なぜなら、プライバシーとして真実ではないからです。では、名誉毀損の問題になるのでしょうか。足蹴りはともかく、接吻、同衾、結婚後の夫婦の愛情と確執はそれ自体名誉を毀損する事実というのは難しいように思います。なぜなら、夫婦であれば、接吻、同衾、結婚後の確執は、有り得ることであり、仮に創作であったとしても、直ちに名誉を毀損した事実の摘示といえないと思われるからです。
判例は、虚実を織り交ぜた話であっても、プライバシー侵害と判示しました。
前科前歴とプライバシー権の特異性
前科前歴に関するプライバシー侵害については特異性があります。
設例 Aが傷害致死事件を犯して、逮捕され裁判を受けて懲役3年の判決を受け、刑務所で受刑したが、受刑を終了して既に5年以上経過した事例。
逮捕され裁判を受け懲役3年の判決を受けた当時
新聞が報道することは、名誉毀損にはならないと思われますが、近隣の人が近所の人に言いふらすのは、名誉毀損になると思われます。
なぜなら、新聞報道は、その媒体の性格上、公共の利害に関する報道で、公共の目的も認められます。
しかし、個人の場合は「公共の利害」も「公共の目的」のいずれも認められないからです。一方、人が逮捕されたとか裁判を受けて刑務所に行った事実は、名誉を著しく毀損する事実であるからです。
刑務所で受刑を終了して5年以上を経過した後
有罪の判決を受けて、刑務所で受刑したとしても、受刑を終了した後、5年を経過した場合には、仮に犯罪を犯しても初犯扱いとなり(刑法25条1項2号)、一応の区切りと考えられています。
ところが、刑終了後、10年以上も経過した後に、ある作家がAが刑事事件で裁判を受けたことを取り上げて、ノンフィクションとして出版した事例があります。ノンフィクション「逆転」事件です。Aが、作家を前科にかかわる事実が公表されたとして、慰謝料を請求して裁判を提訴しました。第1審及び第2審とも、プライバシー侵害として慰謝料を認めました。作家が不服として上告しましたが最高裁判所は上告を棄却しました(最高裁平成6年2月8日第3小法廷判決・民集48巻2号149頁)。
最高裁判所は、刑事事件について逮捕され、更に裁判を受けて有罪判決を受けて服役したという事実は、「その者の名誉或いは信用に直接かかわる事項であるから、その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的利益を有する。」、「その者が有罪判決を受けた後或いは服役を終えた後においては、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、その者は、前科等にかかわる事実の公表によって,新しく形成されている社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有する。」と判示し、第1審、第2審の判決を認めました。
最高裁は、事件後12年間という長期間の年月が経過しているとして、名誉毀損の成立を妨げる事由である、「公共の利害」を認めませんでした。
プライバシー侵害が名誉毀損か
前科等は、個人のプライバシーのうちで最も他人に知られたくないものの1つです。行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律や各地方自治体等の個人保護条例も、「要配慮個人情報」として,犯罪の経歴を特に取り上げています。したがって、前科等を開示することは、名誉毀損になるとともにプライバシー侵害ともなると考えられます。
インターネット普及による新しい問題
当時逮捕や裁判についてアップされた記事が、そのままネット上に削除されることなくいつまでも残存しているケースがあります。名古屋地裁令和6年8月8日判決・判例時報2624号102頁は、11年経過した事案で、プロバイダー(具体的には、グーグル・テクノロジー・ジャパン)に対して削除命令の判決を出しました。
刑の執行猶予の判決がなされた場合
以上は、実刑判決が言い渡されて、刑務所で刑の執行を受けた場合のついて述べましたが、刑の執行猶予がなされたケースではどのように考えたらいいのでしょうか。刑法27条は「刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消されることなくその猶予の期間を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。」と定めています。
したがって、刑の執行猶予の判決の場合には、執行猶予期間を無事に経過すれば、それ以降は、前科等を報道したりしたら、プライバシー侵害ないし名誉毀損となると考えています。インアターネット上の記述も削除されるべきです。
前科等のプライバシー保護とこども性暴力防止法
以上述べたように、大きな流れとしては、前科等についてプライバシー権保護の観点から、前科等の開示について制限する方向となっています。
ただし、最近成立した「こども性暴力防止法」(正式には「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等の為の措置に関する法律」といいます。)(2024/6/19成立、2024/12/25施行)は,教員のこどもに対する性暴力を防止する視点から、性暴力に関する犯罪の前科の情報について(不同意性交等、児童買春、児童ポルノ、下着若しくは身体の覗身や撮影など)、教育機関が調査することを義務づけました。
その調査対象事項は以下のとおりです。
①拘禁刑(実刑)の刑執行終了から20年間)
②拘禁刑(執行猶予)判決を受けて確定してから10年間
③罰金刑の執行終了から10年間
この調査義務規定はかなり厳しいものです。前科等のプライバシー保護の流れの反面の流れとして覚えておく必要があります。
名古屋弁護士 伊神喜弘

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