2026年3月19日(木)に日本製鉄九州製鉄所の工場見学をしました。小学校の教科書に八幡製鉄所のことが載っていました。日本の製造産業の中心となる鉄の生産をしているということで、一度見学したいと思っていましたので、念願が叶ったというわけです。
八幡製鉄はその後、富士製鉄、住友金属と合併し、現在は日本製鉄となっています。そして、八幡製鉄所も現在では、日本製鉄九州製鉄所・八幡地区となっています。ただ、教科書の写真に載っていた八幡地区の高炉や熱延工場はすでになくなっており、戸畑地区に移ってしまっていたのは少し残念でした。
最初に、熱延工場を見学しました。真っ赤になった長方形の厚い鉄の塊が、右手から左手へと流れてきて圧延されていくありさまは(最終的には鉄板のコイル状となる。)、テレビや映画で見たとおりでした。真っ赤な鉄が、突然色が変わって黒色になったのは意外でした。鉄の温度はだんだんと下がっていくので、鉄の色も赤からオレンジそして黄色、灰色とだんだんと変化するものとばかり思っていたからです。
次に、高炉の見学をしました。教科書で読んだとおり、鉄鉱石がコークスと一緒に高炉に入れられ、高炉の下部から、真っ赤に熔けた鉄が流れ出てきて、それが、大きな筒状の容器に流し込まれて、先に見学した熱延工場に、貨車で運搬されていました。
ただ、工場側の説明によると、原材料を鉄鉱石から国内の鉄スクラップに変える方針とのことでした。それに伴い、高炉を休止し、大型電炉を建設するとのことでした(今年着工、2029年完成予定)。鉄の原材料は、天然資源である鉄鉱石と循環資源でスクラップで構成されているとのことで、日本では既に100年以上鉄を生産し日本国内で資材等として活用してきたため、日本国内で十分な鉄の原材料であるスクラップがまかなえるとのことでした。かえって、現状では、原材料として活用するのが少ないために、貴重な循環資源であるスクラップを中国やベトナムに輸出しているということです。
日本製鉄は、昨年(2025年)6月に、アメリカ鉄鋼大手であるUSスティールの株式100%を取得し子会社化したと報道されています。投資額は142億ドル(約2兆円)とのことです。USスティール買収により、両社で鉄鋼生産量(粗鋼)が年間5955万トンとなり(2024年基準)、世界第3位となり、中国や韓国等の新興国と対抗できる条件が整ったとのことです。韓国の鉄鋼メーカーの中に後に述べる浦項総合製鉄所(改称後ポスコ)があります。
もともとは、アメリカが鉄鋼産業の先進国でした。鉄鋼製造の技術もアメリカから教えてもらったものです。ある人がいっていました。昔、日本では、文献を読んでも、工場見学しても、どうしてもUSスティールの製造するような高い品質の鉄鋼ができませんでした。結局USスティールの技術者に手をとり、足を取って教えてもらいやっと高い品質の鉄鋼が生産できるようになったというエピソードが伝えられているそうです。
一方、中国や韓国の新興勢力の力は侮れないものとなっており、日本製鉄のUSスティール買収も、中国や韓国に対抗する側面が大きいと言われています。
ここでは、韓国の鉄鋼産業の発展について紹介します。
1965年(昭和40年)12月18日に、日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約(日韓基本条約)が批准書交換により効力が発生しました。この条約は1910年(明治43年)8月22日(いわゆる日韓併合条約)~1945年(昭和20年)8月15日(ポツダム宣言の受諾による朝鮮、韓国解放)までの35年間の日韓併合に対する原状回復に関する条約です。このとき、基本条約とともに、日韓請求権及び経済協力協定も発効しています。
同協定第1条の1(a)には「日本国は大韓民国に対し無償援助3億ドル」、1(b)は「有償援助2億ドル」と定めています。これらは、実質的には、日本の韓国併合に対する損害賠償という性格を有していました。
※日韓基本条約は韓国との条約であって、朝鮮民主主義人民共和国との間では、日韓併合に関する原状回復の条約は未だ締結されていないということです。
これら無償乃至有償援助の一つとして、韓国の鉄鋼産業の育成が図られました。1970年(昭和45年)から建設が始まった浦項総合製鉄所の建設がそれです。
日経〔1971(S46)/2/22)〕は、「浦項総合製鉄所は我が国の経済協力、新日本製鐵を中心とした技術協力によって、73年夏までに年間生産103万トンの鉄鋼一貫体制確立を目指し建設を進めている。」と報道している。
以来、約50年が経過し、浦項総合製鉄所は世界的にも押しも押されぬ鉄鋼企業に成長しました(2002年に、ポスコと社名変更)。2023年には鉄鋼メーカーで時価総額世界1といわれています。但し、最近は、経営状況が厳しいようです。
名古屋弁護士 伊神喜弘

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